2024年7月7日(日曜日) 1ページ オワコンの話題

会社の余命は2年だった。新型コロナウイルスが流行し始めた20年、文具の注文が日を追って減った。「ゼロになったら会社はいつまで持つか」。三菱鉛筆の数原滋彦社長は経理部に調査を指示した。結果は2年だった。(日本経済新聞より引用)

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO81920330X00C24A7MM8000/

2020年12月6日(日) 日本経済新聞 28面 私の履歴書より 当時の花形産業は、◯◯産業

面接を受けてもなかなか決まらなかったが、結局、通産省が採用してくれることになった。同期入省は18人。後に聞いたところでは、私の成績は「中位」だったそうだ。

入省時にもらった初任給は、月に8700円。当時の花形は◯◯産業で2万7000円、繊維も公務員の2倍くらいの水準だった。(日本経済新聞より引用)

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO67002660U0A201C2BC8000/